ポリタスのこちらの記事を読んでDVDで鑑賞したんだけど、想像通り、いや、それ以上に色々と打ちのめされてしまいました。

とはいえ、今の僕らが避けて通ることのできない原発問題を考える上では、ぜひともみておくべき映画だと思うので、まだの方はぜひ次の週末にでもみてください。1時間ちょっとなので、長い映画が耐えられない方にもおすすめです。僕のブログの読者の方ならみといて損はないと思います。

インタビューされてる登場人物達の、段々とあらわになる投げやり感は必見です。おいおい、そんなんでこんな施設(オンカロ)作ってもいいのかよ?と僕は思った。

でも、100,000年後のことなんて見通せる人なんているわけないよな〜と、そんなことできたらそいつは神様ですよ、とも思うわけで、まあしゃあないよな。この人たちも結局は雇われ社員な訳だしね!

さて、僕はいわゆるSF作品が苦手である。

スターウォーズやMIB(メンインブラック)みたいなエンタメ性の高いやつなら全然大丈夫なんだけど、コテコテの宇宙ものは、どうしても敬遠しがちである。

男の子なのに珍しいっちゃ珍しいんだけど(そこがチャームポイントだ)、なぜ苦手なのかというのは、今まできちんと考えたことがなかった。

でも、「100,000年後の安全」をみて、その理由がはっきりした。

僕は、自分の想像の範疇を超えたものが、はっきりと苦手なのである。

思考が及ばないものが、僕なんかが考えてもどうしようもないものを目の前にすると、怖くなってしまうのである。

高校生の時に「ブギーポップは笑わない」というライトノベルにハマった時期がありその作者の作品だということで、「ぼくらは虚空に夜を視る」という作品を買って読んだことがある。

今思えば、このときの体験が僕のSF嫌いを決定付けたわけなんだけど、まあとにかく読んでて気持ち悪くなった。

これは人類が地球を見捨て、とてつもなく大きな宇宙船に乗って、何千年も宇宙をさまよっている話だ(確か)。で、そのなかで主人公は天才的な戦闘の才能を持っているんだけど、戦う相手が強すぎて、そんな才能意味ないよね?みたいな描写がでてきたと記憶しているのだが、その辺がもう意味が分からなかった。

普通の少年漫画だったら、非凡な才能をもった主人公が、誰も成し遂げられなかった偉業を、その才能を遺憾なく発揮して成し遂げることによって、僕ら読者はカタルシスを得る。

でも、この作品ではそれが起きない。確かに主人公は天才的なセンスを持っていて、作中ではその才能によって幾度も重大な危機を乗り越えるんだけど、「宇宙」というあまりにも強大な存在を前にして、その才能は余りにも無力なのだ。

今ならともかく、多感でナイーヴだった頃の僕は、その絶望感に耐えることができなかった。まあ、耐えることができなかったっていっても、現代版・春画をたしなみ、心地よい疲労感に包まれながら寝て起きたら、すっかり立ち直っていたんだけど。

まあ何にせよ、僕はいまだに自分の想像の範囲を超えた作品が苦手だし、わざわざお金を払ってへこみたくないから、SF作品にはあえて近づかないようにはしている。でも、100,000後の安全をみて、もう現実世界にも僕の想像を超えたような問題がすでに存在しているだなーと大きなショックを受けた。しかもこれは、フィクションと違って避けて通ることができない。

だから、最低限知ることはしないといけないよな、と思った。まったくしんどい世界に、生まれたものだぜ。

↑というわけで、またしても藤沢所長のお世話になります。