昨日お酒を飲んでしまったので、今日はもちろん飲みません。

 

「記憶は人為的に書き換えられる」富山大学大学院教授・井ノ口馨が語る 「脳のしくみ」と「記憶」と「自我」前編1/4 | ホリエモンドットコム

とはいえこちらの対談を読んで(もちろんメルマガでより濃い内容の対談を読んで)、お酒の効用を知ってしまい、やはり飲むべきなのかと、決意がぐらついております。

 

結局飲んべえなんですね。

 

非常に興味深い対談だったので、まだの方は読むことをおススメします。そのうちこの対談集は本にまとめられるんじゃないですかね?堀江さんが、こんな面白いコンテンツをネットに掲載させておくだけで終わらせるとは考えられない。

 

さてさて、本日は下記の本の感想です。

 

本書はKADOKAWA・DWANGO代表取締役会長でもある川上量生さんが、スタジオジブリの見習社員としての日々を過ごすうちに考えたコンテンツ論をまとめた本。メディアやコンテンツ業界に携わる人はもちろん、僕のような普通のサラリーマンが読んでもとても面白い本だ。

 

僕もこうやって日々ブログを書いているので、面白いコンテンツとはどういうものか?ということは人並み以上には興味があるつもりだ。でも、じゃあそもそもコンテンツって何なのよ?と言われると、正直よくわかっていないのが現状だ。

 

恐らくそれは僕のような素人ブロガーのみならず、コンテンツ産業に関わっている人でも、明確な答えを持っている人は少ないのではないだろうか?本書は、そんなとらえどころのないコンテンツについて、真っ正面から向き合い、その正体に迫っている。

 

詳細は本を読んでくれやということで、本ブログではあくまで僕がこの本を読んで考えたことを記していきたい。

 

川上さん曰く、コンテンツとは消費されればされるほどワンパターンになりがちだという。僕らのように、目や耳が肥えていない一般ユーザーの認識できるコンテンツのパターンはそれほど多くなく、それゆえ放っておくと、必然的にコンテンツはある一定のパターンに収束していくらしい。

 

インターネットの登場は、誰でも気軽にクリエイターになれる土壌を生み出し、それ故に商業コンテンツではカバーできない多様性のあるコンテンツがたくさん生まれると、当初は考えられていた。しかし実際はそれとは逆のことが起きた。つまり、コンテンツがワンパターンなものになっていったのである。

 

と、ここまでが川上さんの主張だ。

 

堀江貴文さんやちきりんさん、そして藤沢所長の本やメルマガ、ブログをよく読むようになってから、僕の資本主義やマーケットに対する考え方は変わった。学生の頃は、どちらかというと嫌悪していた市場原理が、最適解ではないにしろ、今の僕たちにとっては、最も社会を良くする為に適した仕組みであることを理解した。

 

だから、川上さんのこの主張には、最初少なからずショックを受けた。

 

世の中を良くする為の市場原理。しかし、その市場原理にそぐわない分野が存在するのか、と。

 

もちろん、市場原理がそぐわない分野があることは、僕だって分かっているつもりだ。例えば事業に失敗した人や何らかのハンディキャップを抱えた人を救済する為のセーフティネットや、警察などの治安維持部隊なんかは、市場原理に任せない方がいいだろう。

 

だから、正確にいうと「コンテンツ産業は市場原理にそぐわない」とさえ読み取れるこの主張に、ショックを受けたのだ。しかもあの川上さんが、そんなことを言うなんて。。。

 

でも、よくよく考えたら、そんなことは決して無い。コンテンツ産業だって、やっぱり市場原理に乗っ取ったほうが、より豊かなコンテンツがたくさん生まれてくるに違いないのだ。コンテンツの中身がワンパターンになるという現象は、その過程で生じる、一種の成長痛みたいなものなのだ。

 

理由はいくつかあるけれど、例えばコンテンツがワンパターンになると、どうしたって消費者は飽きてくる。飽きてくれば、そのパターンのコンテンツは段々と市場に受け入れられなくなってくる。結果飽きられない為の新しいコンテンツを作らないと、食べていけないという危機感がクリエイター側に働き、今までに無い「何か」を生み出そうと工夫するようになる。そうやって、今までのパターンとは違ったコンテンツが生み出されるようになる。

 

それまでの勝ちパターンが通用しなくなったとき、初めて人間は必死で努力するようになりますもんね。

 

また、多くのクリエイターが集まるような場所では、必ず編集作業を行う人、今風に言えばキュレーションをする人が現れるから、というのもコンテンツ産業が市場原理に適している理由だ。

 

例えば多くのクリエイター達が、作品を発表する場がある。でも、そこに集まったクリエイターたちは、自分の作品がどうすれば多くの人に読まれるのか?といったことで頭が一杯だ。そして、多くの人に求められる作品を書こうとすれば、川上さんがいうように、みんな似たり寄ったりのコンテンツばかりになってしまう。

 

でも、そんなクリエイターたちの作品を、上手にカテゴライズできる人がいたら、どうなるだろうか?

それぞれのクリエイターたちの得意不得意を見極めて、その人にとって最適な表現方法や、作品の方向性をアドバイスできる人たちがいたら、それぞれの個性豊かな作品たちを、その作品を最も求めている人に届ける方法を考えることができる人たちがいたら、きっとその場所は、ものすごく多様で魅力的な作品たちが集まった、とてもワクワクする空間になるだろう。

 

そこはもうすでに、ありがちな表現だけが集まった、画一的でつまらない場所なんかじゃない。クリエイターたちは、「本当は、もっと別のことを表現したいんだけど、それをやったら阻害されてしまう。だから、皆が求める安直な作品を作らなければならない、、、」そんな悩みを抱える必要がなくなる。

大丈夫、君の描きたいものを求めている人は、きっとここにいるはずだ。

 

今の流行の作品は、どうも肌に合わない。僕の求めてる作品は、もっとニッチで、どんよりとしていて、、、でも、そんなものを求める人は僕以外にいないだろう。それに最近はどこに行っても似たような作品ばかり。きっと僕は普通の人とは違った変わり者なんだ、、、、。

大丈夫。そんなことで悩む必要は無いんだよ。君の求めている作品を創造しているクリエイターは、きっとここにいるはずなんだ。

 

後半ちょっとポエミィになりましたが、そう考えると、やはりコンテンツ産業も市場原理に任せるのが一番よさそうですね。

 

川上さんと言えば、この本も読みたいね。

 

鈴木さんにも分かるネットの未来 (岩波新書)