あんちえいじゃーのブログ 〜できるビジネスマンを目指して〜

30代にして、すでに5社目。大手からは書類で落とされ、もはやブラック中小からしか内定をもらえなくなった男の、それでもトップビジネスマンになることを諦めていない男の奮闘記はこちらです。日々の仕事で学んだ、ビジネス書には書いていないが平凡なサラリーマンに役立つ情報を書いていきたいと思います。まずは年収500万かな。

電通の例の件で、僕がふと思ったことを。


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今年は全然ブログを書いていなかったのだが、やはりアウトプットは大切ということで(何度このセリフを吐くのだ?)、またぼちぼち始めようか。

 

さて、今日は過労死について。

 

電通に入社した東大卒の美人(異論は認める)社員が、月に100時間を超える残業を苦に、自殺したというニュースが、近年世間を賑わせている。電通は、午後10時には全社の照明を消すことで、世間に「残業は許さないアピール」をしたわけだが、ちょっと冷静に考えると、それはつまり「午後10時までは残れよお前ら」というメッセージを発してもいるわけで、まあ、いずれにしろブラック企業であることに疑いはありませんね。

 

電通ではどうだか知りませんが、毎日午後10時まで残らなきゃいけないような職場は、世間一般の感覚からすれば、十分にブラック企業です。

 

さて、この電通の過労死についてだが、世間では労働時間の長さにだけスポットが当たっているが、僕はここで別の視点を提供したいと思う。

 

それは、「上司からの過度のプレシャー」という視点である。

 

なるほど、確かに長時間労働は、人の精神を蝕む、忌むべき風習だ。

 

しかし、この事件における根本的な問題は、その労働時間の長さよりも、「他者からのプレッシャー」の方が実は問題の本質だったのではなかろうか?

 

多分だけれど、彼女が自ら命を絶った背景には、長時間労働という負担の他に、上司からの過度のプレッシャーというものが大きく関与していたのだろう。

 

何故そう思ったのか。

 

まあ、僕の実体験に寄る訳でですよ。

僕は、しがない一般事務員だ。

ゆえに、仕事も単純作業が多い。

頭を使わなくても、決められた手順通りに、決められたフォーマットに、決められた情報を打ち込めば、大きなミスなく仕事を終わらせることができる。

抱える量が膨大だから、残業時間は多めだし、今年の前半には、60時間、80時間、80時間と、まあ世間一般よりは多めの残業をこなした。

 

でも、僕は決して精神を病むことはなかった。

(まあ、あの状況が1年続いたら分からなかったけど)

 

なぜか?

 

それは、僕が上司から「過度のプレッシャー」を与えられることがなかったから。

例えば僕は、営業のようなノルマを持っていない。

マーケティングのような、頭をうんと使わないといけないような業務も担当していない。

法務や経理のような、小さなミスも許されない、高度な専門知識を持たないとこなせないような業務も担当していない。

根気と、ちょっとした気配りがあれば評価され、こなせるような仕事しかしていない。

そして僕は、まだ30代の男子で、素人童貞ではあるけれど、性欲もビンビンな、とても体が丈夫な人間である。

だから、まあ月に6−80時間程度の残業で体は壊れない。

ましてやその業務は、時間をかければ誰でもこなせるものだ。

 

でも、もし仮にこの業務が、高度な知的労働を必要とするものだったら、どうだろうか??

 

例えば営業。数字を作り上げるために、クライアントのことを深く理解し、潜在的なニーズを掘り起こし、相手が欲しい提案を、欲しいタイミングで、もちろん自社の商品の強みが活かせ、かつ売り上げにも繋がるような受注を取ってこなければならない。もちろん、お客は一社だけではない。自身に課せられたノルマを達成するためには、何社ものクライアントに気を配らねばならない。

 

例えばマーケティング。売れる商品を作るために、泥臭い市場調査を行い、その上で徹底的に考え抜き、当たるかどうかもわからない施策を練り上げ、上司の承認をとらなければならない。そして、その施策が当たれば手柄は上司のもの。失敗すれば責任は自分のもの、というやりきれなさを抱えなければならない。

 

例えば、経理。営業や販売部門からは疎ましがられ、それでも会社が会社として成り立つために、面白くもない伝票処理や、面倒で何のために必要かもわからない、公的機関い提出する資料を作らなければならない。そして、それは完璧にこなせて当たり前で、他の部門の人間なら「しょうがない」で済ませられる問題も、「しょうがない」で済ませてもらえない。そして、給料も安い、という理不尽に耐えなければならない。

 

そんなプレッシャーの中、さらに毎日9時、10時まで残ることが決まったような生活をしていたら、果たして彼ら彼女らの精神は、正常でいられるだろうか?

 

僕は残業を肯定する気はないし、実際残業だらけの僕の人生は、そうでない人より8割ほど損をしている。ナンパにも行けないし、デートもできない。映画も観れないし、本も読めない。

 

でも、多分そんなにプレッシャーを感じず、なおかつそこそこいい金額をもらえるような仕事だったら、たとえ月の残業時間が80時間を超えても、そんなすぐには自ら命を絶つようなことにはならないんじゃないだろうか。そうなる前に「いや、この状況はおかしい」と気づくことは出来るかもしれない。ついでに言うと、80時間の残業なら、土日は完全に休めるしね。

 

まあ、僕はそれでもそんなに残業はしたくないんだけど、単に「労働時間が長かったから」で、この問題を片付けてはいけないような気がして、今回久々にブログを書いたのであった。

 

労働時間の長さ、の他に、上長を始め、他者から過度のプレッシャーをかけられなかったのか?といった点も、この問題を考える上では、とても重要な視点なんじゃないかな?

 

今回自ら命をたった、彼女の置かれた状況は余りに特異だったし、そんな状況に置かれたら、誰だってそういう選択を取ってもおかしくない。彼女には100%非はない。悪いのは電通だよ。そのことは、最後に付け加えさせてくれ。